私は現在40歳手前ですが、昔は「一期一会」という言葉に対してなんとも思っていませんでした。
高校の同級生が
「自分の好きな言葉は”一期一会”だ」
と話していても、どこかピンと来なくて、
「出会いなんてどこにでもいつでもあるものだし、出会いを大切にするなんて当たり前すぎてわざわざ意識するようなものでもない。」
と思っていました。
20代、大学を卒業した後、その土地を離れることなく就職したため、たぶん他の人と比べて「別れ」に対する意識も感覚もぼやッとした状態で結果的に9年間同じアパートに住み続けました。
結婚が決まりました。26~27歳の頃。
関東からかなり遠くに行くことになったので、ここで初めて「これが本当の別れか」というものを経験しました。
9年も住んだ土地には、たくさんの思い出や人との出会い、苦しかったこと・楽しかったことがありました。
ただ、病気の症状が重くて働き続けることにかなり限界を感じており、ある意味逃げるようにして引っ越したと思います。
だから「別れることが惜しい」というよりは「新天地が与えられてほっとしている。次の人生に向かえる」という感覚の方が強かったです。
その後、夫の仕事の関係上、いろんな場所へ行き、いろんな場所に住みました。
その中で「一期一会」という言葉に対する感覚が日増しに強くなり、
「この人との出会いは一度きり。出会いに感謝してこの人に接したい。接するようにしよう」
という意識を持つようになりました。
しかし、この認識は不十分だったな、というのが最近出た結論です。
「一期一会。出会いは一度きり。この人との出会いを大切にしよう」
とだけ考えていた私にとっていずれやってくる「別れ」が重くて、重くて。
このたび2026年5月で、これまで私が暮らしたことのある6つ目のまちを去ることになります。
出会って仲良くなった人との別れがつらいというか寂しすぎて、
「私の人生は別ればかりだ」
「もうこの人たちには二度と会えないかもしれない」
と、思い出が心に迫ってきて精神的に身動きがとりづらい状態になっていました。
先週、今までよく遊びに行っていた場所に旅行に行きました。
引っ越しで遠くなるから最後に遊びに行ってよく行ったお店の店員さんにも挨拶をしよう、という感じで。
ここでもやっぱり「別れ」「寂しさ」が迫ってきて、どちらかというと後ろ向きな気持ちになってしまい、夫に正直な気持ちを吐き出しました。
夫は元バックパッカーで、様々な出会いと別れを私の何倍も経験してきた人。
詳しい言い回しは忘れてしまいましたが、
「別れがあるから次の出会いもある。」
「別れる時はつらいけどスッキリ別れて、その思い出が自分や相手の人生を豊かにしてくれる」
「別れに執着していると次に進めない。人生は、それぞれの人生は、前に進んでいくものである」
こんなようなことを言われたと思います。
ここで私は今までの自分の「一期一会」という言葉に対する理解度が低かったなとハッとしました。
一期一会とは単なる「出会いを大切に」ではなく、
「出会いがあれば別れがある。別れるところまで含めてが出会いであり人生」
「別れは必ずやってくる。恐れたり執着するものではなく、次の人生のステージの糧にしていくべきなんだな」
という感覚が強く深く刻まれました。
これは私にとって本当に救いになる感覚です。
様々な物や人との別れが迫っているけれど、ここまでの出会いと関係性を大切にしたうえで、執着せずにやっと手放せそうです。
感情ばかりが先立ってしまい文章が下手ですが、「一期一会」という言葉が新しい意味を伴って好きになりました。
私は、出会いと思い出、別れを心に刻み、そのうえで手放し、前に進めると思います。
